山王神社二の鳥居(一本柱鳥居)は明治13年(1962年)山王神社の二の鳥居として建てられました。
昭和20年(1945年)8月9日の長崎市への原子爆弾投下により、爆心地から南東へ約800m離れた高台にあった二の鳥居(一本柱鳥居)は、爆風により片側半分が吹き飛んでしまいました。
山王神社には4つの鳥居がありましたが、一の鳥居と二の鳥居の半分を残し、ほかは原爆の爆風によって倒壊。昭和37年(1962年)一の鳥居が事故により倒壊してしまい、現在は一の鳥居が残るのみですが、倒壊した左半分は二の鳥居の奥に現存しています。
山王神社にある被爆したクスノキの前には右側の空洞の中から取り出した石が置かれています。原爆の爆風によって入ったものと考えられています。