日本二十六聖人殉教地は長崎県長崎市西坂の丘にあります。
慶長元年(1597年)日本でキリスト教の信仰を理由に最高権力者(豊臣秀吉)の命令による初めての処刑が行われました。
当時は、キリシタン大名とキリシタンによる寺社の焼討ちや僧侶が迫害をうけたり、逆に仏教徒によるキリシタンへの迫害などの事件が多発しました。
1956年の日本の土佐国でのスペインのガレオン船、サン=フェリペ号漂着事件が日本二十六聖人殉教のきっかけとなったといわれています。
外国人宣教師6人と子供を含む日本人20名は長崎西坂の地で処刑されました。
26人のうち、日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人1名、ポルトガル人1名ですべて男性でした。
この事件は長崎に滞在していたルイス・フロイス神父によってヨーロッパに伝えられ、報告を受けたローマ教皇ビウス9世は祭典をローマで行い26名の殉教者を聖人に列しました。
1962年、列聖100年を記念して西坂の丘に日本二十六聖人記念館と記念碑が建てられています。