山の手七福神のひとつ。天台宗の寺院です。
寛永年間に湯殿山の業人、大海法印は創建したのが始まりといわれています。
1772年に発生した江戸3大火のひとつ、行人坂火事の火元となった寺であることから以後76年間江戸幕府から再建の許可がおりませんでした。
石仏群はこの大火の犠牲者を供養するため、50年の歳月を作られました。
本堂横の顔や手が解けたようなお地蔵が1体あります。「とろけ地蔵」と呼ばれ悩み事をとろけさせてくれると江戸時代から信仰されています。
1193年に造られた清涼寺式釈迦如来立像は国の重要文化財に指定されています