円山公園の東南方に位置する。かつての境内地は円山公園の大部分や大谷祖廟(東大谷)の境内地を含む広大なものであった。長楽寺は、一説によれば805年(延暦24年)勅命により最澄が延暦寺の別院として創建したのに始まるという。『平家物語』「灌頂巻」によると、1185年(文治元年)には高倉天皇の中宮で安徳天皇の生母である建礼門院(平徳子)が壇ノ浦の戦いの後、この寺で出家したと伝えられる。法然の弟子、隆寛はこの寺に居住して多念義を唱えた。隆寛の系譜は寺院名をとって後に長楽寺流・長楽寺派といわれた。1385年(至徳2年)時宗の僧国阿がこの寺に入り、時宗の寺に改められた。1908年(明治41年)には、時宗の道場が置かれ七条道場と称された金光寺がこの寺に統合されている。長楽寺が所蔵する時宗祖師像7躯(慶派仏師の作)は、金光寺から移されたものである。