木彫熊北海道発祥記念碑は八雲駅の裏側にある八雲公民館の庭の片隅にひっそりとたたずんでいます。
北海道の土産物と言えば、かつては熊の木彫りが定番でしたがこの熊の木彫りも元々北海道の名産だったわけではありません。
北海道は冬期間が長い事から農民は収入が少なく苦しんでいました。当時八雲町に住んでいた徳川義親侯は1922年に欧州へ長期旅行に行った際、スイスで土産物として販売されていた木彫りの熊を八雲の農民の長い冬期間の副業に使えるのではないかと考え、買い求めて帰国しました。
そして翌年、徳川義親侯は農民にこうもり傘の骨を研いだノミで木彫り熊の作り方を教え、八雲の酪農家の伊藤政雄氏がスイス土産の熊の木彫りを見本に完成させ、1924年に開催された「農村美術工芸品評会」に出品しました。
これが北海道における木彫りの熊の第1号となりました。農民達が作った作品はすべて徳川義親侯が買い上げましたので、農民達は「八雲農民美術研究会」を結成し、熊の生態を研究するため徳川農場内に羆を飼育してもらうと共に、講習会などを開催して作品の技術向上に努めました。
その後、木彫りの熊は八雲だけでなく北海道に広く広まり、北海道を代表する土産物となりました。その木彫りの熊第1号を記念して、1978年に徳川農場の事務所跡である国立療養所八雲病院敷地内に木彫熊北海道発祥記念碑が建てられました。ここは町立徳川公園として一般に開放されていましたが八雲病院の拡張に伴い、建設からわずか3年後には公園は閉鎖。それから30年後の2011年に記念碑はようやく八雲町公民館の庭にある徳川義親侯の銅像の横に移設されました。