岩永三五郎之像は祇園之洲公園内にあります。岩永三五郎は日本を代表する石造アーチ橋の石工として鹿児島のみならず全国的にも有名な存在です。 江戸時代後期に、肥後藩と薩摩藩で活躍した石工であり、中心的人物です。 鹿児島市街中央を北西から南東に流れる甲突川に架けた玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋の五つの大きなアーチ石橋は甲突川の五石橋と呼ばれて親しまれていましたが、1993年の集中豪雨による洪水で、新上橋と武之橋が流失してしまいました。文化遺産として後世まで確実に残すため、西田橋、高麗橋、玉江橋の三つの橋が河川改修に合わせて移設・保存されることになり、2000年に、鹿児島市街の北端にある祇園之洲公園内に移設復元され、岩永三五郎之像が建てられました。